イリボー(アステラス製薬、主成分ラモセトロン塩酸塩)は、下痢型過敏性腸症候群という病気の治療に用いられる薬です。イリボーは、下痢型過敏性腸症候群の中でも男性に起こるものだけに用いられます。これは、イリボーの臨床試験において、男性にのみ有効性が認められたためです。前立腺肥大症など男性にしか起こらない病気以外で、男性にのみ使用が許可されているイリボーのような薬はめずらしいと思います。
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下痢型過敏性腸症候群では、腸には検査で分かるような異常は認められないにも関わらす、ほんの少しのストレスで便意が生じて、頻繁に下痢を生じます。イリボーは、腸の運動や感覚をコントロールするセロトニンという化合物の働きを抑えることで、下痢型過敏性腸症候群の症状をおさめます。
イリボーは、腸の運動や感覚をコントロールする神経の表面にある5-HT3セロトニン受容体(5-HT3受容体)というタンパク質に結合する性質を持っています。腸から脳に便意が伝えられる神経、脳から腸を動かす信号が伝える神経、いずれの神経も、5-HT3受容体が存在します。セロトニンは、5-HT3受容体に結合してこれを活性化させることで、神経のスイッチを入れることにより、便意を起こしたり、腸の運動を不必要に高めて下痢を起こしたりするのです。
イリボーは、セロトニンが5-HT3受容体に結合するのを邪魔することで、腸からの便意の伝達を抑えたり腸の運動を抑えたりすることで、下痢型過敏性腸症候群の症状を抑えることが出来るのです。
もともとイリボーの主成分であるラモセトロンは、「ナゼア」という商品名でアステラス製薬から発売された化合物です。ナゼアは、抗がん剤の副作用である吐き気の治療薬です。抗がん剤で副作用が生じるのは、抗がん剤が腸を刺激してセロトニンを放出させ、このセロトニンが5-HT3受容体を活性化させて、腸から脳に伝わる神経が異常に興奮するのが原因だと考えられています。ラモセトロンは、5-HT3受容体の働きを止めることで、吐き気が生じるのを抑えるのです。
下痢型過敏性腸症候群が病気として認識され、世の中で治療薬が必要とされるようになったのは、つい最近のことです。腸の感覚・運動異常である下痢型過敏性腸症候群に5-HT3受容体が関与するのではないかという仮説のもと、これまで「ナゼア」としての使用実績があったラモセトロンをそのまま下痢型過敏性腸症候群に適用してみよう、という流れは自然なものでした。
ラモセトロンのように、異なる病気に異なる商品名で使われる薬は意外に多く存在します。一石二鳥とは、まさにこのことですね。
[この記事を書いた人]
薬作り職人
国内企業の医薬事業の企画部門に所属。入社後、生物系研究員として、化合物探索、薬理評価、安全性評価に携わりました。企画部門転属後は、研究員時代の経験と専門知識を活かし、各種創薬プログラムの企画運営に携わっています。薬剤師免許保有。
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