動物は「うつ病」になるか? 後編

前回は,「絶望モデル」について紹介しました。この絶望モデルでは抗うつ薬の薬理作用が認められるのですが、その薬理作用が動物のうつ状態を改善しているのか,まったく別の作用を見ている(体力アップとか)を見ているのかどちらなのか,というところまで書きました。実は,この絶望モデルという実験だけでは,上記の疑問には答えることができません。つまり、動物がうつ病になるかという疑問には答えることができません。

では,なぜ「絶望モデルで効く薬」が人のうつ病に効くといえるのでしょうか?

この疑問に答える前に,いわゆる向精神薬(精神作用に影響する薬)がどのような過程で見つかってきたのかを説明する必要があります。向精神薬が見つかったのは,約50年前のことです。この時期には,麻酔薬の開発が盛んに行なわれており,ネズミを使って動物の行動を見る実験が盛んに行なわれていました。単純に薬を打って寝るかどうかを調べてたんですが、この過程で,ある薬物はネズミをおとなしくさせる(眠るわけではない)という薬理作用をもつことが分かりました。

で、ここから飛躍があるんですが、その薬を統合失調症の患者に投与してみようという実験が行われました。統合失調症の症状に、感情をコントロールできず、妄想や異常行動をするというのがあります。当時の医者は、「動物をおとなしくさせる薬理作用を持つ薬ならば、このような人をおとなしくできるだろう」という、今から考えると結構乱暴な論理で、この実験を行いました。その結果、統合失調症の患者の症状の多くが改善されるという劇的な効果がみとめられました。早速これらの物質(たとえばクロルプロマジン)は、統合失調症薬としてデビューし、世の中で広く使われるようになり、向精神薬という分野の薬が登場することとなりました。

これ以降、統合失調症の薬を開発する過程で、それらの化合物がうつ病などの他の精神疾患患者に対しても効果を持つかを調べるという実験が積み重ねられ、その結果人のうつ病に効く薬が見つかるようになってきました。そして、うつ病の薬ができると、逆にその薬をつかって、どんなメカニズムで効くのか、動物にどんな作用をしめすか?という研究が始まりました。この研究の一環として絶望モデルが見いだされたのです。そして、新しいうつ病の薬を絶望モデルで評価し、効果があった化合物をうつ病患者に投与すると確かに効果がある、という結果が多くの化合物について確認されました。これが、「『絶望モデルで効く薬』が人のうつ病に効く」といえるといえる根拠です。

つまり、動物が人のうつ状態にあるかどうかは関係なく、極端にいえば、クロルプロマジン以降の長い経験によって「『絶望モデルで効く薬』が人のうつ病に効く」といえるようになったということです。

「ネズミの薬が、人の薬になるか」ということは、精神活動に対する薬に取っては、やってみなければ分かりません。現在、アルツハイマー病などの学習記憶障害に対する薬が多くの会社で開発されていますが、ネズミの学習能力を上げる薬が人の学習能力を上げるかどうかは、まだ分かっていません(アリセプトなどは、学習機能の保持には効果がありますが、学習能力向上は効果が無いと思われます)。やはり、これからも様々な試行錯誤を重ねなければ、精神活動に対する薬は開発できないのでしょう。