ヘルベッサー(塩酸ジルチアゼム)とはどんな薬?

ヘルベッサー(田辺三菱製薬、主成分塩酸ジルチアゼム)は、血管平滑筋を弛緩させて血管を拡張し、血流をよくする効果を有する薬です。そのため、高血圧(血管が狭いため血液が流れにくく血圧が上がる状態)や狭心症(心臓に酸素や栄養を供給する冠状動脈が狭くなる病気)の治療薬として使用されます。

ヘルベッサーは1974年から発売されている歴史ある薬で、国際的に通用する国産薬の第一号といって良いでしょう。実は、私にとっても思い入れがある薬剤です。

ヘルベッサーの主成分であるジルチアゼムは、もともと抗不安薬のプロジェクト内で合成された化合物でした。イヌを用いた循環器系の実験で、たまたま投薬したところ、血管拡張による血圧を下げる効果が発見されました。

ヘルベッサーの開発のように、偶然の出来事から優れた発見が起こることを『セレンディピティー』と呼び、新薬開発ではよくおこる現象です。というか、世の中で画期的と呼ばれる薬剤の多くが、『セレンディピティー』から発見された化合物をきっかけに、人間が有機合成によって手を加えることで、最終的に製品となったのです。

ジルチアゼムを発見したのは、会社に入って間もない若い研究員だったそうです。製薬を志す人たちは『セレンディピティー』がおこらないかなぁといつも思っているのかもしれませんが、そういうことを考える人には、幸運な偶然は起こらないのでしょう。

近年の薬作りでは、作用メカニズムに基づき、理屈を組み上げて薬を作ろうという方法論が主流です。ジルチアゼムの発見のきっかけである『セレンディピティー』は起こりにくいかもしれません。

しかし、理屈だけで薬が作れる時代は終わりつつあります。メカニズムがわからない病気に関しては、理屈だけでは新薬を作ることはできません。私の薬作りの恩師も『丸ごとの動物でのいろいろな作用を見ることが大事だ、理屈では木を見て森を見ずになってしまうことがある』といつも言っていました。ジルチアゼムの場合は、血管拡張作用を見つけたところから出発し、ジルチアゼムをツールにして作用メカニズム(カルシウム拮抗作用)を解明したという点で、森をみてから木を見たという典型例だと思います。


私にとっては、ジルチアゼムには忘れられない思い出があります。私は薬学部の薬理学講座出身で、循環器系の薬剤の研究をしていました。大学4年生で研究室に配属されたときの最初の実習でお付き合いした化合物が、ジルチアゼムだったのです。

研究室の伝統として、新米研究員は『未知検体実習』という研修を経験します(いまでもやってるかな?)。正体不明の検体(粉)が入ったチューブを各自がもらい、その粉が何かを当てるという実習でした。薬理学的方法しか使うことは許されず(NMRなどの分析器具をつかって化合物の構造を調べるのはだめ)、期間は2カ月。最後に実験発表会で自分なりの答えと理由を発表します。その後の打ち上げの飲み会で、あらためて研究の世界へ入ったと実感するのです。

2カ月間ラットの血圧を測ったり、いろいろな物質による腸管収縮や血管収縮に対する化合物の抑制作用を調べたり、始めての実験ばかりでとても楽しめました。実験結果&ヒント(先輩の実験に、自分の検体を加えてもらったり)から、この粉末はカルシウムによる血管、腸管収縮を抑制し、血圧効果作用があることがわかりました。ジルチアゼムをはじめとするカルシウム拮抗薬は、このような性質を共通して持ちます。そこまでの実験で、自分の検体はカルシウム拮抗薬だという結論に達しました。じつはそれだけのデータでは、カルシウム拮抗薬と断定することはできないのですが、発表会の最後に、自分の検体がカルシウム拮抗薬のジルチアゼムだったという答えを聞いたときには、すごくうれしかったのが印象に残ってます。


ヘルベッサーは、今でも頻用される優れた薬剤です。しかし、ヘルベッサーの売り上げは減少しています。これは、定期的に値下げされることに加え、ジェネリック医薬品の登場したことが、が大きな原因です。

『ジェネリック医薬品』とは、ある薬(例えばヘルベッサー)の特許が切れると同時に、他社から販売される全く同じ成分(ジルチアゼム)の薬です。日本の業界用語では『ゾロ』といわれていた時代もあります。『ゾロ』という呼び方は、医薬品の特許切れと同時にゾロゾロ発売される薬、というのが由来とされています。

「カルナース」「クラルート」「クラルートR」「コーレン」「コロヘルサー」「コロヘルサーR」「サンライト」「ジルベイト」「セレスナット」「ナックレス」「パゼアジン」「パレトナミン」「ヒロスタスR」「フロッティ」「ヘマレキート」、「マルムネン」「ミオカルジー」「ヨウチアゼム」「ルチアノン」。これらの薬はいずれも塩酸ジルチアゼム製剤で、ヘルベッサーを開発した田辺製薬以外の会社から発売されているジェネリック医薬品です。

これらの薬は、『ジェネリック医薬品』と呼ばれており、最近注目を集めています。これらの『ジェネリック医薬品』は、開発時に患者さんを対象とした臨床試験を行う必要がないため、開発コストが低くすみ、安くなります。医療費の節減にもつながることから、最近では厚生労働省も『ジェネリック医薬品』の使用を促進するスタンスにたっているようです。

『ジェネリック医薬品』は新薬があって初めて生まれます。最後には『ジェネリック医薬品』が出るような良い薬を作るのが、製薬研究員の夢でもあります。

[この記事を書いた人]

薬作り職人

国内企業の医薬事業の企画部門に所属。入社後、生物系研究員として、化合物探索、薬理評価、安全性評価に携わりました。企画部門転属後は、研究員時代の経験と専門知識を活かし、各種創薬プログラムの企画運営に携わっています。薬剤師免許保有。


ヘルベッサー(塩酸ジルチアゼム)の構造式