アリセプト(エーザイ、主成分ドネペジル塩酸塩)は、アルツハイマー病治療薬です。アルツハイマー病では、記憶学習能力を含む認知機能が徐々に低下し、最終的には日常生活に必要な基本能力が失われます。主成分のドネペジルは、認知機能に関与するアセチルコリンという神経伝達物質の量を増やして認知機能低下の進行を遅らせます。
ドネペジルは、レビー小体型認知症という認知症でも、アルツハイマー病と同様の効果を示します。アリセプトは、これらの病気の原因を取り除くのではなく、認知機能を高め病気進行を遅らせる薬です。
スポンサーリンク
目次
アリセプトが用いられるアルツハイマー病は、記憶力や言語能力、視覚や聴覚からの認識能力など、外界を知るための能力(認知機能)が徐々に低下する病気です。
認知機能の低下は自然に回復することはないので、病気が進行すると、患者は日常生活に必要な基本能力を失い、自立した生活ができなくなります。そのため、認知機能低下を遅らせるために、アリセプトなどの薬剤による治療が行われます。
アルツハイマー病患者の脳は小さく縮み(萎縮)、特に認知機能に関わる部位(海馬など)で神経細胞死が起こります。そのため、神経細胞を殺す物質が体内に発生し、脳組織を慢性的に傷つけて進行性の認知機能障害がおこると考えられています。
現在、神経細胞死を防ぐ薬は実用化されていないので、アルツハイマー病の治療は「神経活動を活発にして、認知機能低下のスピードを遅らせる」という方法しか取れません。
アリセプトはこの方針に沿った薬剤で、認知機能に関わる神経伝達物質「アセチルコリン」の脳内での量を増やして認知機能を改善させます。
ヒトや動物を用いた研究から、記憶・学習能力にはアセチルコリンの役割が大きいことが知られていました。例えば、アセチルコリンの作用を低下させるスコポラミンという薬は、記憶障害(健忘)を起こします。また、アルツハイマー病患者の脳ではアセチルコリンの量が減少します。
これらの情報から「脳内のアセチルコリンを増やせば、記憶学習能力が高まる」という仮説をつくり、それを元にした研究から生まれた薬剤がアリセプトです。
アセチルコリンは、神経細胞間の情報伝達を担当する分子で、神経細胞から分泌されると他の神経細胞に結合して活性化させ、情報を伝達します。役目を終えたアセチルコリンは、コリンエステラーゼという酵素タンパクによって速やかに分解されます。
アリセプトの主成分であるドネペジルは、コリンエステラーゼの機能を強力に抑制し、脳内のアセチルコリン量をふやします。その結果、アセチルコリンが脳内にとどまり続けることで、記憶学習に関係する神経回路が活性化して、認知機能低下を弱めたり遅らせたりすることができるのです。
この作用メカニズムは、認知機能低下を起こす病気に共通して使用可能と考えられました。実際、レビー小体型認知症という異なるタイプの認知症の臨床試験でも、アリセプトの認知機能低下改善作用が確認され、現在、臨床現場で使用されています。
スポンサーリンク
アリセプトは、2〜3カ月以内という短期間で、認知機能の改善作用を示します。アルツハイマー病の患者さんは、認知機能低下により社会生活に困難をきたしているので、治療薬は速やかに効果を示す必要があります。アリセプトは、そのニーズに合った優れた薬剤と言えます。
しかし、アリセプトは、アルツハイマー病の原因である神経細胞死を止めることは残念ながらできません。認知機能低下のスピードを遅らせることはできますが、神経細胞死を止めない限りは、アルツハイマー病の認知機能障害を止めることはできないのです。
また、ドネペジルの効果は、アセチルコリンの量を一時的に増やすことで得られるので、アリセプトを服用すると効果が速やかに得られる一方、使用を止めると効果は速やかに失われます。
現在、製薬企業は、「アルツハイマー病の神経細胞死は、脳内にβアミロイドというタンパク質がたまって起こる」という「βアミロイド仮説」に基づいた新薬開発を行っています。多くの臨床試験が行われましたが、βアミロイドの量は減っても、認知機能について明確な改善効果が得られていません。βアミロイド仮説に基づく新薬が実用化されるのは、まだまだ先であり、ここしばらくはアリセプトでがんばる状況がつづくと思われます。
しかし、神経細胞死を抑制する薬剤が実用化されても、アリセプトのように短期で明確な効果が出る薬剤の必要性は変わりません。神経細胞死を止めたとしても、傷ついた脳組織が修復されて正常な神経回路ができるには、長い時間がかかります。その間の認知機能を維持・改善するには、アリセプトのような薬剤が必要なのです。
現状のアルツハイマー病治療は、アリセプトなどの症状改善薬を用いて認知機能の低下を食い止め、正常な社会生活を遅れる期間を伸ばす、という方針が取られます。
ただ、認知障害を持つ患者さんは、決められた回数服薬することが困難である(飲み忘れ、飲み過ぎ)ことがあります。この状況を改善するために、服薬管理がしやすい貼り薬の開発などが行われています(参考記事:イクセロンパッチってどんな薬?)。
[この記事を書いた人]
薬作り職人
国内企業の医薬事業の企画部門に所属。入社後、生物系研究員として、化合物探索、薬理評価、安全性評価に携わりました。企画部門転属後は、研究員時代の経験と専門知識を活かし、各種創薬プログラムの企画運営に携わっています。薬剤師免許保有。
スポンサーリンク
スポンサーリンク