インデラル(塩酸プロプラノロール)とはどんな薬?

インデラル(アストラゼネカ、主成分塩酸プロプラノロール)は、狭心症や高血圧の治療、頻脈(脈拍が早くなる)などの不整脈の予防に用いられる薬です。主成分のプロプラノロールは、心臓の収縮力や拍動のタイミングを調節するβ1アドレナリン受容体の働きを低下させます。インデラルの服用で、心臓にかかる負担を低下させ狭心症や高血圧を改善したり、心臓の拍動タイミングを調節して頻脈を予防します。

心臓は生命維持に必須の臓器であり、心機能の異常は死につながることもあります。狭心症では、心臓に栄養を送る冠状動脈が狭くなって酸素が心臓の筋肉に十分供給できなくなり、心臓が収縮できなくなります。また、不整脈では、何らかの原因で心臓の筋肉が収縮するタイミングが乱れ、血液が心臓からうまく送り出せなくなります。いずれの場合でも心臓のポンプ機能が大きく損なわれると、重大な結果を招きます。

心臓の収縮力や拍動のタイミングは、交感神経という神経から放出されるノルアドレナリンという物質がコントロールしています。ノルアドレナリンは、心臓の筋肉細胞(心筋細胞)の表面にあるβ1受容体に結合して活性化し、心筋細胞を収縮させます。つまり、ノルアドレナリンの作用を調節できれば、心臓の収縮力や収縮タイミングをコントロールできるわけです。

インデラルの主成分であるプロプラノロールは、β1受容体に結合してノルアドレナリンの作用を弱めます。インデラルのようなβ受容体の機能を低下させる薬剤は、β遮断薬、βブロッカーなどと呼ばれます。β遮断薬は、交感神経から放出されるノルアドレナリンの作用を弱め、心筋細胞の収縮を抑制することで、狭心症や不整脈(頻脈)の発現を予防する効果を示します。

インデラルの各疾患に対する効果は、以下のようにまとめられます。

  1. 狭心症に対する効果
  2. 狭心症では血管が狭まり酸素が十分に供給されなくなり、酸素不足により心筋細胞が安定して活動できなくなります。インデラルを服用すると、心筋細胞の収縮が弱まるので、心筋細胞が必要とする酸素の量が少なくなります。その結果、心臓の負担が軽減され、酸素不足がある程度解消されるのです(供給される酸素の量が増えるわけではないので、根本的な解決にはなっていません)。

  3. 高血圧に対する効果
  4. 血圧は心臓が血液を送り出すのに必要な圧力なので、送り出す時の力が強いと血圧は上がります。インデラルを服用すると心臓の収縮力が低下するので、血液を送り出す圧力も下がり、血圧は下がります。

  5. 不整脈(頻脈)に対する効果
  6. 心筋細胞の収縮回数が多くなり(収縮タイミングが早くなる)、脈拍が異常に高くなる不整脈を頻脈と呼びます。一つ一つの心筋細胞の収縮タイミングがそろっていれば良いのですが、タイミングが乱れてしまうと、心臓がうまく収縮できず血液をうまく送り出せなくなります。インデラルを服用すると、心筋細胞が収縮しにくくなるので、収縮タイミングが早くなりにくくなり、頻脈が起こるのを予防できます。


インデラルは、最も早く実用化(1966年)されたβ遮断薬で、非常に長い間使われている薬です。

プロプラノロールを発見したのは、ジェームズ・ブラック(Sir James Whyte Black)というイギリスの研究者です。インデラルの開発コンセプトである「心臓の活動をコントロールするβ受容体の働きを抑制して、狭心症患者の心臓の負担を減らして無理に働かせなくする」を考え出したのも、ブラックです。

1960年代当時、動物にノルアドレナリンを投与して起きる心臓の活動上昇は、「β作用」とよばれていました(これに対し「α作用」は血管に対する作用とされていました)。ブラックは、β作用を抑制する薬を作れば、狭心症が治療できるのではないか、と考えたのです。

ブラックは、当時グラスゴー大学の先生だったのですが、このアイデアを持って企業(イギリスのICI社、現在のアストラゼネカ社)に乗り込みました。大学では、新しい化合物を合成して作用を調べる、というスクリーニング作業が行えなかったからです。

この当時、β受容体というタンパク質が実在するのかは定かではなく、あくまで仮説上の存在でした。現在では、人工的に作成したβ受容体を持つ細胞を使って、簡単に薬の作用を調べられます(一日に数千化合物!)。しかし、ブラックらはこのような方法を使用できませんでした。

そこで、ブラックらは心臓に直接化合物を作用させ、β作用への遮断作用を調べると言う、手間のかかる方法を用いざるを得ませんでした。ただ、この方法の良いところは、薬物の作用が確実に検出できるところでした。

ICI社の合成化学者が化合物を合成し、ブラックのような薬理学者が作用を評価する。その結果をもとに、合成化学者がさらに構造を変化させた化合物を合成する。この作業の繰り返しにより、強いβ遮断作用をもつ化合物が得られるようになりました。こうして得られた化合物が、プロプラノロールです。

[この記事を書いた人]

薬作り職人

国内企業の医薬事業の企画部門に所属。入社後、生物系研究員として、化合物探索、薬理評価、安全性評価に携わりました。企画部門転属後は、研究員時代の経験と専門知識を活かし、各種創薬プログラムの企画運営に携わっています。薬剤師免許保有。


「薬物が作用するメカニズムを仮定し、その仮定を満たす化合物を評価できる実験方法を考え、合成化学者と協力して活性の高い化合物を探し出す」という、現在では当たり前となった新薬の開発方法は、ブラックらの取り組みから始まったといっても過言ではありません。インデラル以後、さまざまなβ遮断薬が同じような手法を用いて開発されるようになりました。

ブラックの仕事の優れたところは、プロプラノロールのような化合物を見つけたというよりは、化合物を見つけ出す方法論を作り出したところにあります。この方法論を使い、ブラックは胃潰瘍治療薬でも、シメチジンという画期的新薬を産み出しました(これは、スミスクライン社での仕事)。1988年にブラックが「薬物療法における重要な原理の発見」という業績で、ノーベル医学生理学賞を受けたのは、当然のことだと思います。

製薬会社の研究者は、会社勤めしている間に、一度画期的新薬の発見に関われれば十分といわれます。それを考えるとブラッグの偉大さがよくわかります。


インデラル(塩酸プロプラノロール)の構造式