インデラル(プロプラノロール)とは?受容体を狙って薬を作る、創薬の原点となった薬

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インデラル(アストラゼネカ、現在の販売元:太陽ファルマ、主成分プロプラノロール塩酸塩)は、狭心症や高血圧、不整脈などの治療に使われる薬です。片頭痛の発作を起こりにくくする目的でも使われています(2013年に効能が追加されました)。1960年代半ばにイギリスで発売され、世界で初めて治療に広く使われたβ遮断薬(心臓のβ受容体の働きを止める薬。βブロッカーとも呼びます)となりました。

インデラルは、「病気を治すために、この受容体(体の中のスイッチ)を止める」という仮説を先に立て、その仮説に見合う化合物を計画的に作り上げることで得られた、最初の薬の一つです。この薬作りの方法を形にしたのが、イギリスの薬理学者(薬の効き方を調べる研究者)ジェームズ・ブラックでした。

この記事では、インデラルの効き方を短く紹介したあと、この薬がどのような考え方から生まれ、今の創薬(新しい薬を作ること)にどうつながったのかを、薬を作る側の目線で紹介します。

インデラルの作用メカニズム

心臓の収縮力や拍動の速さは、交感神経(体を活動的な状態にする神経)から放出されるノルアドレナリンという物質がコントロールしています。ノルアドレナリンは、心臓の筋肉の細胞にあるβ受容体(主にβ1受容体)というタンパク質に結合し、心臓を強く速く動かします。

狭心症では、心臓に栄養を送る冠状動脈が狭くなり、心臓の筋肉に酸素が届きにくくなっています。そこで心臓が強く動こうとすると酸素が足りなくなり、胸の痛みなどの発作が起こります。インデラルの主成分であるプロプラノロールは、β受容体に結合して、ノルアドレナリンの作用を邪魔します。すると、心臓の働きが穏やかになり、心臓が必要とする酸素の量が減ります。その結果、狭心症の発作が起こりにくくなり、血圧が下がり、速くなりすぎた脈(頻脈)も落ち着きます。

プロプラノロールは、心臓の β1 受容体だけでなく、気管支などにある β受容体(β2 受容体)も止める「非選択的」なβ遮断薬です。β2 受容体は気管支を広げる働きをしているため、プロプラノロールは、気管支喘息の人には使えません。その後、心臓の β1 受容体を主に止める薬(メインテートなど)が作られ、今ではそちらが広く使われています。

ブラックはどのようにインデラルを作ったか

インデラル開発のきっかけは、アドレナリンやノルアドレナリンの働きを調べた研究でした。1948年、アメリカの薬理学者アールクイストは、これらの物質が臓器によって違う効き方をすることから、体の中にはこれらの物質を受け取る「受け手」が2種類あると考え、α受容体とβ受容体と名付けました。ただ、この当時は、受容体という実体が認識されていたわけではなく、あくまで薬理学における仮説上の存在でした。その正体(タンパク質)を見た人は、誰もいませんでした。

イギリスのグラスゴー大学で獣医学部の教員をしていたブラックは、この仮説に注目しました。狭心症の患者さんの心臓は、酸素が足りないのに働かされ続けている。それなら、心臓を働かせるβ受容体の働きを抑えれば、心臓を休ませられるのではないか。大学では新しい化合物を合成して試すことができなかったので、ブラックは1958年、このアイデアを持って化学会社 ICI(現在のアストラゼネカにつながる会社)に移りました。

実は、β受容体の働きを止める化合物は、ブラックより先に、アメリカのイーライリリー社で見つかっていました(ジクロロイソプレナリン、1958年に報告)。ただしこれは、気管支を広げる薬を探す研究の中で見つかったもので、効き目も弱く、治療には使われませんでした。ブラックはこの報告を読み、狭心症の薬を作るための手がかりにしました。

ICI では、合成化学者が化合物を作り、ブラックら薬理学者が、動物の心臓や摘出した臓器を使って、β受容体の働きを止める力を一つずつ調べました。この方法では、今のように、細胞を使って一日に数千の化合物を調べることはできません。手間のかかる方法でしたが、臓器に対する薬の作用を確実にとらえられるというメリットがありました(現代では、摘出した臓器を使う実験は、多くの化合物から有望な化合物を絞り込むスクリーニングではなく、薬の性質を詳しく調べる「深掘り」の実験で使われています)。

実験結果をもとに化学者が構造を変え、また実験で効果を調べる。この繰り返しで、化合物の構造と効果(活性)の関係(構造活性相関といいます)を見出し、それをもとに次に作る化合物を論理的に決めていきました。その結果、まずβ遮断薬プロネタロールが生まれ、1963年に使われ始めました。

ところが、プロネタロールは、マウスの実験で腫瘍を起こすことがわかり、使われなくなりました。ブラックらは構造をさらに改良し、より強く、安全な化合物にたどり着きます。それがプロプラノロールです。

インデラル(プロプラノロール)の構造式

ブラック ― 創薬の常識を作った人

「薬が作用する仕組みを仮定し、その仮定を満たす化合物を評価できる実験方法を考え、合成化学者と協力して活性の高い化合物を探し出す」という、今では当たり前となった新薬の開発方法は、ブラックらの取り組みから始まったといっても過言ではありません。ブラックの仕事の優れたところは、プロプラノロールという化合物を見つけたことよりも、化合物を見つけ出す方法論を作り出したところにあります。

私が製薬会社で研究を始めた1990年代には、すでに「受容体というタンパク質があり、そのアミノ酸の並び(配列)もわかっていて、その受容体に結合する化合物を作ればよい」という創薬のコンセプトが常識となっていました。今の研究者の多くは、この常識のもとで仕事をしています。

受容体という考え方自体は、1900年ごろからありました。また、アレルギー症状の治療に用いられる抗ヒスタミン薬は1930年代末に生まれましたが、受容体を狙って作られたものではなく、効く化合物を探す中で見つかったものでした。ヒスタミン受容体に働いて効果を示すと説明されるようになったのは、後になってからです。

ブラックがすごいのは、受容体の実体を誰も知らない時代に、順番を逆にしたことです。病気の仕組みから「止めるべき受容体」を先に仮定し、体の中で受容体にくっつく物質の形を手がかりに化合物を作り、その効き目を数字で測って改良を重ねる。そうして、目的どおりの治療薬を実際に作り上げました。実は私自身も、この記事を書くまで、その過程をよく知りませんでした。

この方法論を使い、ブラックは別の会社(スミスクライン社)で、胃潰瘍の薬シメチジン(タガメット)も生み出しました。このとき、ブラックらはヒスタミンの形を手がかりに、その働きを止める化合物を作り、その効き方から、ヒスタミンの受容体にもう1種類(H2受容体)があることを示しました(1972年)。薬を作ると同時に、薬を使って新しい受容体を見つけたのです。

1988年、ブラックは、薬物治療の重要な原理を発見した功績で、ノーベル生理学・医学賞を受賞しました。このとき一緒に受賞したエリオンとヒッチングスも、がん細胞や病原体とヒトの細胞の違いを狙うという論理にもとづいて、薬を作った研究者です。「論理的に薬を作る」時代の始まりを象徴する受賞でした。

1980年代以降、多くの受容体のタンパク質としての正体が次々にわかり、ブラックが作り上げた創薬手法をもとに、医薬品開発は爆発的に進みました。製薬会社の研究者は、会社に勤めている間に、一度でも画期的な新薬の発見に関われれば十分だといわれます。それを考えると、画期的な新薬を2つも生み出し、創薬の常識を作ってその後の医薬品開発に貢献したブラックの偉大さがよくわかります。

論理だけでは届かないもの ― 40年後のプロプラノロール

とはいっても、論理的に薬を作ることだけが創薬でないのは確かです。

私の経験でも、受容体には強く結合するのに、動物では効かなかった化合物はたくさんありました。受容体に結合して臓器の働きをきちんと改善し、動物でも効果を示したのに、臨床試験(患者さんで効果を確かめる試験)では効果が出ないこともあります。そうした場合、最初の仮説そのもの、つまり狙った受容体が病気にどれだけ関わっているかの見積もりに、問題があったこともあります。動物とヒトの間には、論理だけでは詰めきれない差があるのです。

一方で、論理的に作られた薬が、思いがけない形で新しい役割を見つけることもあります。プロプラノロールが、その例です。

2008年、フランス・ボルドー大学の医師たちが、赤ちゃんの心臓の病気の治療にプロプラノロールを使ったとき、皮膚の血管のこぶ(乳児血管腫)が小さくなることに気づき、論文で報告しました。その後、臨床試験が実施され、プロプラノロールのシロップ剤が乳児血管腫の治療薬として承認されました(日本では2016年に、マルホのヘマンジオルが承認)。

受容体を狙って論理的に作られた薬が、40年以上たって、偶然に近い気づきから、思いもよらない病気の治療に使われるようになりました。論理だけでは届かないところがある一方で、仕組みがわかって作られた薬にも、まだ知られていない働きが残っている。だからこそ、論理で作る方法だけでなく、使われる中での気づきから新しい使い道を見つける道もある。プロプラノロールは、そのことを教えてくれます。

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[この記事を書いた人]

薬作り職人

国内企業の医薬事業の企画部門に所属。入社後、生物系研究員として、化合物探索、薬理評価、安全性評価に携わりました。企画部門転属後は、研究員時代の経験と専門知識を活かし、各種創薬プログラムの企画運営に携わっています。薬剤師免許保有。