ブスコパン(臭化ブチルスコポラミン)とはどんな薬?

ブスコパン(日本ベーリンガーインゲルハイム、主成分臭化ブチルスコポラミン)は、胃や腸、胆のう、膀胱など、おなかの中の様々な臓器の筋肉が痙攣したり、激しく運動するのを止めるための薬です。ブスコパンのような薬を、鎮痙薬(ちんけいやく)と呼んでいます。ブスコパンは、内臓の平滑筋という筋肉の収縮を抑えることで、内臓の痙攣をおさめます。

ブスコパンが作用する内臓の平滑筋の運動は、脳から伸びている副交感神経という神経によってコントロールされています。副交感神経からは、アセチルコリンという物質が分泌されます。アセチルコリンは、平滑筋にあるムスカリン受容体というタンパク質に結合し、これを活性化して、平滑筋を収縮させるための合図を送ります。ブスコパンは、アセチルコリンがムスカリン受容体に結合するのを防ぐことで、内臓の平滑筋の収縮を抑え、痙攣を止めます。

スコポラミンは、もともとハシリドコロやベラドンナという、ナス科の薬用植物から見い出されたアルカロイドと呼ばれる化合物です。ロートコンエキスと呼ばれる、ハシリドコロやベラドンナの根茎(こんけい、根に似て地中をはい、節から根や芽を出す、地下茎の一種)から抽出された生薬は、古くから鎮痙薬として用いられてきました。このロートコンの鎮痙作用の原因がスコポラミンだったのです。スコポラミンは、ブスコパンと同じく、ムスカリン受容体を介して鎮痙作用を示します。

スコポラミンを大量に服用すると、いろいろな副作用がおこることが知られていました。そのなかでも特徴的なのが、精神神経系への副作用です。

脳内では、アセチルコリンとムスカリン受容体は、記憶学習のメカニズムに深く関わっています。たとえば、アルツハイマー病では、脳内のアセチルコリン量が減少します。アリセプト(エーザイ、主成分塩酸ドネペジル)は、脳内のアセチルコリン量を増やすことで、アルツハイマー病の進行を遅らせる薬です。

スコポラミンが体内に入ると、脳の中に侵入して、脳内のムスカリン受容体の働きを抑えてしまいます。すると、アルツハイマー病と似たような状態が起こります。頭がぼおっとして、時には記憶をなくす(健忘)こともあります。ネズミにスコポラミンを大量に投与すると、記憶学習の能力が落ちるため、記憶学習を回復させる薬物のスクリーニングにスコポラミンが使われるときがあります。

さて、スコポラミン、鎮痙作用はいいのですが、中枢作用はちょっといただけません。なんとかスコポラミンを改良できないか、ということで作られた化合物がブスコパンです。


ブスコパンは、スコポラミンにブチル基という構造をくっつけた化合物です。ブスコパンの構造式の中心にあるN(窒素原子)の左側にくっついた、長いくねくねした構造がブチル基です。ブスコパンは、このブチル基があるために、脳内に入ることができません。

ブスコパン(臭化ブチルスコポラミン)の構造式

ブスコパンの窒素原子には+というのがくっついていますが、これは窒素原子がプラスの電気をもつことを示しています。これは、ブチル基がくっついたのが原因です(この窒素を4級アミンといいます)。薬が脳の中に入るためには、できるだけ電気を持たない油のような性質が必要なのですが、ブスコパンのように、電気を持つ4級アミンは、細胞に入るには非常に都合が悪いのです。このように、ブスコパンは、脳の中に入らないために、スコポラミンのような中枢作用を起こさず、末梢にある内蔵の働きだけをコントロールすることができます。

薬作りでは、脳に作用する薬でない限りは、薬は脳の中に入らないに越したことはない、というのが実情です。脳細胞の機能が完全に把握されていない状態で、未知の化合物を脳の中に放り込むということは、やはり相当の勇気が要ります。4級アミン、などのような、脳に入らないための工夫がされている薬は、探してみると結構あるのではないでしょうか。ただ、脳細胞に入らないということは、腸の細胞にも入りにくいということなので、飲み薬にするには、吸収性が悪くて苦労する、という弱点もあるんですけどね。

[この記事を書いた人]

薬作り職人

国内企業の医薬事業の企画部門に所属。入社後、生物系研究員として、化合物探索、薬理評価、安全性評価に携わりました。企画部門転属後は、研究員時代の経験と専門知識を活かし、各種創薬プログラムの企画運営に携わっています。薬剤師免許保有。