スピロペント(帝人ファーマ、主成分塩酸クレンブテロール)は、気管支喘息や気管支炎の治療に用いられる薬です。スピロペントは、気管支の筋肉にあるβ2アドレナリン受容体というタンパク質に結合して、これを活性化します。気管支喘息や気管支炎では、気管の筋肉が収縮して気管を狭め、呼吸困難などの症状を起こします。このとき、スピロペントが気管支の筋肉にあるβ2アドレナリン受容体を活性化すると、気管支の筋肉収縮が抑えられます。そのため、スピロペントを飲むと、気管の筋肉の収縮が緩まり、狭くなった気管が広がるので、呼吸をしやすくなるのです。
さて、このスピロペントは、気管支喘息や気管支炎のほかにも、意外な病気の治療に使われます。その病気とは、腹圧性尿失禁という病気です。
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スピロペントが用いられる腹圧性尿失禁という病気は、女性、とくに出産経験のある女性によく起こります。尿失禁というのは、おしっこが自分の意思に関わらず漏れてしまうという状態のことです。腹圧性尿失禁では、咳(せき)やくしゃみ、立ったり座ったりするときなどに、おなかに力がかかると、その弾みでおしっこが漏れてしまいます。腹圧性尿失禁は、おしっこを出さないようにコントロールするための尿道括約筋という筋肉の収縮力が悪くなって起こります。要は、締りが悪くなる、ということです。
スピロペントは、この腹圧性尿失禁の治療薬として使われているのですが、それではスピロペントの作用メカニズムはどういうものでしょうか?
スピロペントは、尿道括約筋にあるβ2アドレナリン受容体を刺激することで、尿道括約筋を収縮させます。つまり、締りを良くすることで、おしっこが漏れるのを防ぐのです。また、スピロペントは膀胱の筋肉を緩めるという働きも持っています。スピロペントが膀胱の筋肉にあるβ2アドレナリン受容体を活性化すると、膀胱の筋肉の収縮が抑えられます。スピロペントによって、膀胱の筋肉が緩まると、膀胱がためることができる尿の量が増える(膀胱が大きくなる)ため、おしっこが漏れにくくなるのです。
さて、スピロペントの作用メカニズムを見ると、スピロペントは、体の部分により相反する作用を持つことがわかります。スピロペントは、気管支や膀胱の筋肉を緩める働きを持つ一方で、スピロペントは尿道括約筋を収縮させます。
スピロペントは、どの部位の筋肉においても、β2アドレナリン受容体を刺激するという働きを持つことに変わりはありません。さて、スピロペントが、体の部分により、収縮作用や弛緩作用(緩める作用)をもつのはなぜでしょうか?
実は、気管支や膀胱と尿道括約筋とでは、筋肉の種類が違うのです。気管支や膀胱の筋肉は平滑筋と呼ばれる種類の筋肉で、尿道括約筋は骨格筋とよばれる筋肉です。平滑筋は、おもに内臓や血管を形作るための筋肉であり、骨格筋は骨と骨とをつなぐ骨格を作るための筋肉です。
スピロペントが活性化するβ2アドレナリン受容体は、平滑筋では弛緩作用をコントロールし、骨格筋では収縮作用をコントロールします。そのため、スピロペントは、体の部分部分でまったく正反対の作用を示します。
β2アドレナリン受容体が活性化されると、それにひきつづき筋肉細胞のなかで様々な生体分子が反応して、筋肉を動かすための指令を出します。平滑筋と骨格筋では、この生体分子の反応のしかたがまったく異なるので、同じβ2アドレナリン受容体を刺激しても、出てくる作用が異なる、というわけです。
同じタンパク質でも、体の部位によってまったく異なる働きをもつ、という事例はたくさんあります。スピロペントのように、うまく部位による使い分けができればいいのですが、実際のところは副作用の原因となって困る場合のほうが多いです。ある一定の臓器にだけ薬が効いてほしい、ということを「臓器選択性を持たせる」というのですが、臓器選択性を持つ薬を出すのは結構大変です。でも、がんばって作んなきゃいけないんだよな。
[この記事を書いた人]
薬作り職人
国内企業の医薬事業の企画部門に所属。入社後、生物系研究員として、化合物探索、薬理評価、安全性評価に携わりました。企画部門転属後は、研究員時代の経験と専門知識を活かし、各種創薬プログラムの企画運営に携わっています。薬剤師免許保有。
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