プロトピック(マルホ、主成分タクロリムス)は、アトピー性皮膚炎の治療に用いられる軟膏剤です。アトピー性皮膚炎では、免疫細胞が活性化し、炎症反応を起こすサイトカインなどの生体内物質が大量に作られて、皮膚炎や強いかゆみを生じます。
プロトピックの主成分であるタクロリムスは、白血球の一種であるT細胞(Tリンパ球)の活性化を止めたり、肥満細胞という免疫細胞からかゆみの原因となるヒスタミンを出させなくして、アトピー性皮膚炎の症状を改善します。
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目次
プロトピックが使用されるアトピー性皮膚炎では、皮膚でさまざまな免疫細胞が活性化して炎症がおこり、湿疹とかゆみが起こります。特に、かゆみは仕事や学業での集中力を落としたり睡眠不足を起こしたりして、生活の質を低下させます。
免疫細胞の活性化は、体外からの異物が皮膚から体内に侵入しやすくなって起こります(バリア機能の低下)。また、痒い場所を掻くと、皮膚が傷つきバリア機能が更に低下して炎症が悪化し、かゆみが増します。このような、かゆみと炎症の悪循環を断ち切るには、プロトピックなどの薬剤を用いた治療が必要です。
炎症やかゆみは、皮膚の免疫細胞が生体を守るためにさまざまな物質を出すため起こります。プロトピックの標的となるのは、これらの免疫細胞です。
白血球の一種であるT細胞(Tリンパ球)は、IL4やIL5などのサイトカインというタンパク質を分泌します。これらのサイトカインは、T細胞をさらに増殖させ活性化して炎症を起こします。
プロトピックの主成分であるタクロリムスは、T細胞活性化の原因となるカルシニューリンという酵素タンパク質の機能をとめて、炎症やかゆみを起こすサイトカインの産生を低下させます。
T細胞活性化は、活性化T細胞核内因子(Nuclear Factor of Activated T cells:NFAT)というタンパク質が、炎症関連遺伝子の機能を高めておこります。正常時は、NFATにリン酸基という物質が結合していて(リン酸化状態)、遺伝子に作用できません。カルシニューリンはリン酸基をNFATから外し、炎症関連遺伝子のスイッチを入れます。
タクロリムスは、カルシニューリンの機能を調節するFKBPというタンパク質に結合し機能を低下させます。その結果、T細胞が活性化せず、サイトカインの産生が減少します。そのため、プロトピックを使用すると、皮膚の炎症が収まります。
また、肥満細胞(マスト細胞)は、かゆみを起こすヒスタミンを放出します。タクロリムスは肥満細胞からのヒスタミンの放出を低下させるので、プロトピックを使用するとヒスタミンの量が減り、かゆみが改善します。
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タクロリムスは、もともとは飲み薬として開発され、プログラフ)という商品名で販売されました。プロトピックは、タクロリムスを塗り薬(軟膏剤)にして、アトピー性皮膚炎の治療薬としたものです。
プロトピックという商品名は、プログラフの「プロ」と、局所を表す「トピック」を組み合わせたもので、「皮膚に塗るプログラフ」という意味が込められています。
プロトピックが登場する前のアトピー性皮膚炎の標準治療薬は外用ステロイド剤でしたが、炎症を抑える効果が非常に強い一方、弱点もありました。
たとえば、ステロイド剤が皮膚細胞の増殖を止めるため、顔面に使用すると、皮膚が薄くなったり(皮膚萎縮)、赤いあざができるなどの副作用が起こることがあります。そのため、ステロイド剤とは異なるメカニズムをもち、副作用が出にくい薬剤が求められていました。
プロトピックは、タクロリムスの免疫抑制作用がアトピー性皮膚炎の治療に使えるのでは、というアイデアから開発されました。ただ、飲み薬であるプログラフは、全身の免疫細胞の機能を抑制して体の抵抗力を落としたり、腎臓の機能低下などの副作用を起こすので、アトピー性皮膚炎の治療薬にはできませんでした。
そこで、「タクロリムスを皮膚に直接塗れば、副作用が減るのではないか」というアイデから、プロトピックが生まれたのです。
タクロリムスは皮膚の細胞増殖に影響を与えないので、外用ステロイド剤の副作用は起きない一方、外用ステロイド剤と同程度の治療効果があります。今では、プロトピックは外用ステロイド剤と並び、アトピー性皮膚炎の標準治療薬として使われます。
飲み薬を塗り薬にするというアイデアは、プロトピックに限らずいろんな薬で用いられます。全身性の副作用を減らすため、長時間一定の割合で薬を吸収させるため(喘息治療薬、鎮痛薬、狭心症薬など)など、目的はさまざまです。
このようなアイデアを実現可能にするのが「製剤技術」つまり「薬という化合物を、錠剤などの薬剤にするための技術」です。薬作りは、薬効をもつ化合物を見つけたら終わり、ではありません。患者さんにとって一番使いやすく効果がある剤形(飲み薬とか塗り薬、注射剤)にして、初めて薬剤と言えるのです。
製剤技術の発達によって、タクロリムスのように、ひとつの化合物を、さまざまな用途でつかえるようになっています。
[この記事を書いた人]
薬作り職人
国内企業の医薬事業の企画部門に所属。入社後、生物系研究員として、化合物探索、薬理評価、安全性評価に携わりました。企画部門転属後は、研究員時代の経験と専門知識を活かし、各種創薬プログラムの企画運営に携わっています。薬剤師免許保有。
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