アクテムラ(トシリズマブ)とは?患者数の少ない病気から始まった、日本生まれの抗体医薬

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アクテムラ(中外製薬、主成分トシリズマブ)は、関節リウマチなどの治療に使われる薬です。体の中で炎症を起こすタンパク質(サイトカイン)の一つ、IL-6(インターロイキン6)の働きを抑えます。2005年に、日本の製薬会社が自ら作った初めての抗体医薬(国産初の抗体医薬品)として承認されました。

アクテムラが最初に承認されたのは、患者数の多い関節リウマチではなく、患者数の少ないキャッスルマン病という病気でした。関節リウマチの治療薬として承認されたのは、その3年後です。

この記事では、アクテムラの効き方を短く紹介したあと、大阪大学での IL-6 の発見から薬が生まれるまでと、「どの病気から開発を始めるか」という開発戦略を、薬を作る側の目線から紹介します。

アクテムラの作用メカニズム

関節リウマチでは、免疫細胞の機能が何らかの原因で過剰になり、関節を包む膜(滑膜)に炎症が起こります。炎症が続くと、関節痛だけでなく、骨や軟骨が破壊されて、関節がうまく動かなくなります。

炎症が起こっている場所では、免疫細胞などからサイトカインと呼ばれるタンパク質が分泌され、他の細胞に「炎症に関連する変化を起こせ」という信号を伝えます。IL-6 もサイトカインの一つで、細胞の表面にある IL-6 受容体に結合して、免疫細胞の機能を活発にしたり、軟骨を破壊する酵素を増やしたり、骨を壊す細胞(破骨細胞)を増やしたりします。

アクテムラの主成分トシリズマブは、IL-6 受容体に強く結合する抗体です。抗体は本来、細菌などの異物に結合して、「これを攻撃せよ」という目印になるタンパク質です。トシリズマブは、そのうち「特定のタンパク質に強く結合する」という性質だけを利用しています。IL-6 受容体には、細胞の膜にあるものと、血液中に溶けて漂うもの(可溶性 IL-6 受容体)があり、トシリズマブはその両方をふさぎます。トシリズマブが IL-6 受容体をふさぐと、IL-6 があっても信号が伝わらなくなり、炎症が治まります。それに伴い、関節の破壊も抑えられます。

IL-6 の発見から薬へ

IL-6 の発見から、アクテムラの使い道が広がるまでの流れを、先に図にまとめておきます。

アクテムラの年表の図。研究:1986年 IL-6 の遺伝子を発見(大阪大学)・中外製薬と共同研究を開始、1988年 IL-6 受容体の遺伝子を発見、1989年 キャッスルマン病で IL-6 が大量に作られていると報告、1993年 マウスの抗体をヒト化(トシリズマブ)、1995年 骨髄腫でマウスの抗 IL-6 抗体による改善が見られず(フランス)、1998年 関節リウマチでの臨床研究を報告、2000年 キャッスルマン病の7人で効果を報告。日本での承認:2005年 キャッスルマン病(世界初の承認)、2008年 関節リウマチ・若年性特発性関節炎、2017年 高安動脈炎・巨細胞性動脈炎、2022年 新型コロナウイルスによる重い肺炎。

図:AIで作成

大阪大学での発見

IL-6 を見つけたのは、大阪大学の岸本忠三、平野俊夫らの研究グループです。B 細胞(抗体を作る細胞のもとになる免疫細胞)を、抗体を盛んに作る細胞へと変化させるタンパク質に興味を持ち、1986年にその遺伝子を突き止めました。この遺伝子がコードするタンパク質が、のちに IL-6 と呼ばれるようになります。1988年には、IL-6 を受け取る受容体の遺伝子も見つけました。

その後、IL-6 はさまざまな病気に関わっていることがわかってきました。1988年には、血液のがんの一つ、多発性骨髄腫のがん細胞が、IL-6 の作用により増えることが報告されました。1989年には、キャッスルマン病の患者さんのリンパ節で IL-6 が大量に作られ、熱やだるさ、貧血などの症状と関係することが報告されました。

マウスの抗体をヒトの形に

そして、IL-6 の働きを止める薬として考えられたのが、IL-6 受容体に結合する抗体です。中外製薬と大阪大学は、マウスで作った抗体(PM-1)をもとに、薬作りを進めました。

ただし、マウスの抗体をそのままヒトに何度も使うと、ヒトの体が異物として攻撃してしまいます。そこで、中外製薬の研究者たちはイギリスの研究者と協力して、抗体のうち IL-6 受容体に結合する部分だけをマウスの形のまま残し、残りをヒトの抗体に置き換えました(ヒト化抗体、1993年に報告)。これがトシリズマブです。

この報告で、ヒト化した抗体の使い道として最初に挙げられていたのは、多発性骨髄腫の治療でした。

コラム:名前の「マブ」は抗体の印

抗体医薬の名前の最後につく「マブ(mab)」は、モノクローナル抗体を表す印です(英語の monoclonal antibody から)。トシリズマブの「ズマブ(zumab)」は、当時の名前の付け方で、ヒト化抗体であることを表しています。

抗体医薬に踏み出す

中外製薬は、1980年代前半に、化学合成で作る薬が中心だった研究の方針を、遺伝子工学などを使うバイオ医薬品へと切り替えました。1990年には腎性貧血の治療薬(エポジン)を、1991年には白血球を増やす薬(ノイトロジン)を発売し、遺伝子組換えで作るタンパク質の薬を、大量に作る技術を積み上げていました。大阪大学との IL-6 の共同研究が始まったのも、1986年のことです。アクテムラは、こうした下地の上に生まれた抗体医薬です。

日本で初めての抗体医薬が出たときの業界の受け止めは、企業によってまちまちだったと思います。抗体医薬は、製造に大きな投資が必要であり、それまで低分子薬(化学合成で作る、分子量の小さい薬)を中心に創薬を行っていた企業には、抗体医薬に踏み出せないところもありました。当時は、抗体よりも低分子の薬のほうが良いと考える人もそれなりにいた印象があります。一方、医薬品以外の事業で培った技術を持ち、低分子の薬作りの経験が少ない会社は、そうした先入観にとらわれず、抗体医薬に踏み出しやすかったのかもしれません。

たとえばキリン(当時のキリンビール)は、ビール作りで培った発酵の技術と遺伝子組換えの技術を組み合わせて、1982年に医薬事業を本格的に始めました。最初の製品は、1990年に発売した腎性貧血の治療薬(エスポー)で、低分子の薬ではなく、遺伝子組換えで作るバイオ医薬品でした。その後、ヒトの抗体をそのまま作るマウスも開発し(2000年に報告)、2008年には協和発酵工業と合併して、抗体医薬に力を入れる協和発酵キリン(現在の協和キリン)となりました。

どの病気から始めるか

期待された骨髄腫では効かなかった

IL-6 ががん細胞を増やすことから、IL-6 を抑える薬の効果が最初に期待されたのは、多発性骨髄腫でした。しかし、マウスの抗 IL-6 抗体を骨髄腫患者さんに投与した臨床試験(フランス、1995年に報告)では、病気の改善は確認できませんでした。のちに、別の IL-6 抗体でも臨床試験が行われましたが、やはり効果は確認できませんでした。細胞や動物での結果が、そのまま患者さんでの効果につながるとは限らないのです。

キャッスルマン病で先に承認を取る

キャッスルマン病は、リンパ節が腫れ、熱やだるさ、貧血などが続く病気です。一方、この病気では、IL-6 が症状の原因になっていることが、はっきりしていました。患者さんのリンパ節で IL-6 が大量に作られているだけでなく、IL-6 を作りすぎるように遺伝子を組み換えたマウスでも、キャッスルマン病に似た症状が現れたのです。

2000年には、7人の患者さんにトシリズマブを使った臨床研究の結果が、2005年には28人の患者さんでの臨床試験の結果が報告され、いずれも、リンパ節の腫れや炎症が改善しました。患者数の少ない病気なので、承認に必要な試験の規模も小さくて済みました。

関節リウマチでの臨床研究のほうが先に始まっていましたが(1998年に報告)、キャッスルマン病がそれを追い抜き、アクテムラは2005年4月、キャッスルマン病の治療薬として世界で初めて承認されました。当時、キャッスルマン病には有効な治療薬がなかったため、アクテムラは患者さんにとって初めての治療の選択肢となりました。

アクテムラが、関節リウマチと子どもの関節炎(若年性特発性関節炎)の治療薬として承認されたのは、2008年4月です。その後、ヨーロッパ(2009年)やアメリカ(2010年)でも関節リウマチの治療薬として承認され、世界で使われる薬になりました。

作る側から見ると、最初の病気には、まず効果が確実に見える病気、つまり臨床試験で失敗する確率が低い病気を選びたいところです。効果が確実であれば、患者数が少なくても(臨床試験ができるレベルであれば)問題はありません。ただ、その先に、より患者数の多い病気へ広げていくストーリーがあることが望ましく、研究の段階からそこまでの話を作っておくのが理想です。

アクテムラのように、別の病気で道が開けることもあります。私の経験でも、いくつもの病気で臨床試験に失敗したあと、別の病気での臨床試験で良い結果が出たことはあります。どこまで粘るかを決めるうえでは、その薬の背景にあるサイエンスに、どこまで自信があるかが重要です。

広がり続ける使い道

2026年時点で、アクテムラの使い道はさらに広がっています。2017年には、大きな血管に炎症が起こる高安動脈炎と巨細胞性動脈炎が加わりました。2022年1月には、新型コロナウイルスによる重い肺炎(酸素の投与などが必要な患者さん)にも使えるようになりました。新型コロナウイルスによる重い肺炎では、体の中でサイトカインが過剰に作られて、肺などが傷つくことがあり、IL-6 を抑えることで、それを和らげると考えられています。

キャッスルマン病という小さな入り口から始まり、関節リウマチ、血管炎、新型コロナウイルスによる重い肺炎と使い道が広がったアクテムラは、「確実に効く病気で承認を取り、そこから大きな病気へ広げる」という開発戦略が、うまくはまった例と言えます。その出発点には、一つのタンパク質の働きを、基礎研究から突き詰めた大阪大学の研究がありました。

注)アクテムラは IL-6 の働きを抑えるため、感染症にかかっても、熱が出にくかったり、CRP(炎症の検査値)が上がりにくかったりして、気づくのが遅れることがあります。体調の変化が気になるときは、早めに医師に相談してください。

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[この記事を書いた人]

薬作り職人

国内企業の医薬事業の企画部門に所属。入社後、生物系研究員として、化合物探索、薬理評価、安全性評価に携わりました。企画部門転属後は、研究員時代の経験と専門知識を活かし、各種創薬プログラムの企画運営に携わっています。薬剤師免許保有。