クラビットとタリビッド(レボフロキサシンとオフロキサン)とはどんな薬?

クラビット(第一三共、主成分レボフロキサシン)とタリビッド(第一三共、主成分オフロキサン)は、ニューキノロン系抗菌薬と呼ばれるタイプの薬剤で、皮膚、呼吸器、泌尿器、眼、耳、鼻などのさまざまな体の部位で生じる感染症の治療に用いられます。これらの薬剤は、いずれも細菌のDNA合成に関わる酵素タンパク質DNAジャイレースの機能を止め、細菌の増殖を止めることで抗菌作用を示します。

クラビットの開発過程では、タリビットが重要な役割を果たしました。タリビッドは、第一製薬が1980年代に見いだしたニューキノリン系抗菌剤で、優れた抗菌活性と体内動態(薬の臓器への分布)を示す薬剤として頻用されてきました。クラビットは「二代目タリビッド」であり、抗菌活性の強さがタリビットの約2倍でしかも副作用が弱いという極めて優れた薬です。

抗菌活性や副作用の差については、きちんとした理由があります。タリビッドは2つの化合物が1:1で含まれている混合物(そのうち高い有効性を示すのは片方のみ)であり、クラビットはその中の高い有効性を示す化合物のみを用いている、というのがその理由です。

タリビッドに含まれる2つの化合物とは、S(-)オフロキサンとR(+)オフロキサンという化合物であり、クラビットにはS(-)オフロキサン(=レボフロキサシン)のみが含まれています。

レボフロキサシンの構造式

S(-)オフロキサンとR(+)オフロキサンの抗菌活性を調べると、S(-)オフロキサンのみが強い抗菌活性を示し、R(+)オフロキサンは抗菌活性を示しませんでした(それぞれの化合物を取り出す(=光学分割)こと自体に困難がありましたが、それはここでは略します)。一方、副作用について調べると、S(-)オフロキサンは強い副作用を示さず、R(+)オフロキサンが副作用の原因だと分かりました。つまり、クラビット(=S(-)オフロキサン)は、高い抗菌活性を持ち副作用が弱くなるというタリビッドの長所飲みを取り出した「いいとこ取り」の薬なのです。

タリビッドにおけるS(-)オフロキサンとR(+)オフロキサンの関係は、有機化学の用語で「光学異性体」と呼ばれます。S(-)やR(+)という表記は、化合物の立体構造を示すための記号で、この二つの化合物が右手と左手の関係、つまり「見た目は同じなのに重ねられない」ということを表しています。

タリビッドに含まれるS(-)オフロキサンとR(+)オフロキサンを右手と左手、タリビッドのターゲットタンパク質であるDNAジャイレースを右手用の手袋に、それぞれ例えることができます。右手と左手、同じように見えても右手用の手袋には右手しか入らず左手が入りません。このように光学異性体のそれぞれの化合物は生体のタンパク質について全く異なる作用を示すことが多いのです。これは、生理機能についても全く性質が異なるということです。

通常の有機化学反応では、タリビッドの様に複数の光学異性体が生じることが普通です。そして、光学異性体の片方のみを作る反応を「不斉合成反応」といいます。クラビットの製品化でも、S(-)オフロキサンのみを合成する不斉合成反応を、大規模かつ低コストで行うための技術開発が大きな役割を果たしました。不斉合成反応は非常に難しく、合成ルート、触媒などの条件を決めるのは一種の職人芸でもあります。

クラビットの開発は、S(-)オフロキサンに薬理活性があることを見いだすための合成屋と薬理屋のチームワークが非常にうまく働いた成功例だと思います。