注射用ペニシリンG(Meiji Seika ファルマ、主成分ベンジルペニシリンカリウム)は、幅広い細菌に対して抗菌作用を持つ薬剤で、細菌感染によって起こるさまざまな疾患の治療に用いられます。主成分のベンジルペニシリン(ペニシリンG)は、細菌の構造を作る細胞壁の合成を止めることで殺菌作用を示します。ペニシリンに対して耐性(薬剤が効かなくなる)を持つ細菌が増えたことから、近年は、ペニシリンの化学構造を変化させた次世代の抗菌剤が使用されるようになっています。
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ペニシリンは、1928年にイギリスの医師であるフレミングが青カビから発見した抗生物質で、幅広い細菌に対し抗菌作用を示します。ペニシリンは細菌を形作る骨格である細胞壁の合成を止めることで殺菌作用を示します。
細菌の細胞壁は、ペプチドグリカン(小さなタンパク質と糖が結合してできた物質)が網の目のように結びついてできたシート状の構造です。細菌が増殖するときには、新しい細胞壁を合成するためにペプチドグリカンが合成されます。
ペニシリンは、ペプチドグリカンの合成に関与するペニシリン結合タンパク質の働きを低下させてペプチドグリカンの産生を止めます。すると、細菌は材料がないので細胞壁が作れず増殖できなくなります。また、細胞壁のペプチドグリカンの量が減ると細胞壁が弱くなり、細胞は破裂してしまいます。このような2つのメカニズムにより、ペニシリンは殺菌作用を示します。
「魔法の弾丸」の異名を持つペニシリンは、感染症の治療効果を劇的に向上させ、数えきれないほどの患者の命を救いました。しかし、ペニシリンが広く使用されるようになると、ペニシリンの分解酵素(βラクタマーゼ)を持つ細菌が出現するようになりました。これらの細菌はペニシリンが効かずペニシリン耐性菌と呼ばれます。現在では、ペニシリン耐性菌にも有効な抗生物質が複数実用化されており、ペニシリンが登場する機会は減っています。
しかし、ペニシリンがなければ現在使われている抗生物質や抗菌剤感染症は見出されていないことを考えると、ペニシリンは20世紀の医学を代表する大発見と言えるでしょう。
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ペニシリンの発見は、偶然のできごとから起こりました。
フレミングは、黄色ブドウ球菌の培養試験を行っていました。フレミングは、実験後に夏休みを取ったのですが、休暇の間、培養していた培養皿をそのまま実験室に放置していました。
休暇明けのフレミングは、実験を再開するために放置していた培養皿を片付けることにしました。一番上の培養皿をふと見ると、培養皿はカビだらけでした。培養皿が放置されている間に、空気中のカビが培養皿に混入(コンタミネーション)して増殖したのです。カビだらけの培養皿は使い物にならないので、フレミングは、培養皿を洗おうとしました。
そのとき、フレミングは気づいたのです。
黄色ブドウ球菌を培養していた培養皿には青カビが生えていました。そして青カビの周りだけ、黄色ブドウ球菌が生えていなかったのです。フレミングは、この現象から『青カビが、黄色ブドウ球菌に対して殺菌作用を示す物質が放出している』と考え、この物質を探しはじめました。
フレミングは、培養した青カビから、黄色ブドウ球菌に対する殺菌作用を持つ成分をついに発見しました。この物質はペニシリンと命名され、1940年代にヒトの感染症に対する治療効果が確認されました。ペニシリンの発見以降、同様に微生物由来の抗生物質が数多く発見され、感染症治療に革命がおこることになるのです。
ペニシリンは、「偶然の出来事」と「フレミングの優れた洞察力」から発見されました。培養皿が休暇中に放置された偶然。ペニシリンを産生する青カビが、たまたま培養皿に混入した偶然。フレミングが培養皿を洗おうとしたときに培養皿の表面をたまたま見た偶然。そして、その偶然が積み重なった培養皿をみて、ペニシリンの存在を推理した優れた洞察力。
偶然の出来事をきっかけにして、全く予想されなかった大発見がなされることをセレンディピティーといいます。ペニシリンの発見は、セレンディピティーの代表的な例として広く語り伝えられています。しかし、ただ待っているだけではセレンディピティーはやってきません。日頃からの地道な努力、観察力や洞察力の鍛錬があってはじめて、セレンディピティーに出会えるのだと思います。
参考文献:「創造的発見と偶然」、G.シャピロ著、新関暢一訳、東京化学同人
[この記事を書いた人]
薬作り職人
国内企業の医薬事業の企画部門に所属。入社後、生物系研究員として、化合物探索、薬理評価、安全性評価に携わりました。企画部門転属後は、研究員時代の経験と専門知識を活かし、各種創薬プログラムの企画運営に携わっています。薬剤師免許保有。
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