ゾリンザ(ボリノスタット)とはどんな薬?

ゾリンザ(MSD、主成分 ボリノスタット)は、皮膚T細胞性リンパ腫という悪性リンパ腫(血液のがん)の治療に用いられる治療薬です。皮膚T細胞性リンパ腫は、免疫機能を担当するリンパ系細胞のうちT細胞に異常が生じ、かつその異常が皮膚に現れるものを指しています。症状としては、皮膚の腫瘍、臓器への浸潤、感染症などがあります。

インライタは、血管内皮増殖因子受容体(VEGFR:Vascular Endothelial Growth Factor Receptor)というタンパク質の機能を抑制する働きを持ちます。インライタがVEGFRの機能を抑制すると、ガン細胞に栄養を供給する血管が形成されにくくなり、ガン細胞は増殖できなくなります。インライタは、いわば、「ガン細胞を兵糧攻めにする薬」というわけです。また、腎細胞癌では癌細胞の増殖自体にVEGFRが関与することもしられており、インライタは直接癌細胞の増殖を止めることでも抗癌作用を示すとされています。

皮膚T細胞性リンパ腫の患者さんは、悪性リンパ腫患者さんの中でも非常に少なく、治療薬を開発するための臨床試験がなされにくい状況でした。このような患者さんが少ない病気に対して用いられるゾリンザのような治療薬をオーファンドラッグと呼んでいます(オーファンとは「孤児」の意味で、患者数が少なく採算性に問題があり、開発が見捨てられていることを表しています)。

オーファンドラッグ開発のための支援政策が整備されているアメリカにおいては、オーファンドラッグの開発が活発に行われています。ゾリンザは、アメリカのメルク社で開発され、2006年10月にアメリカで承認されました。日本での臨床試験は、ゾリンザのアメリカ承認の後に開始され、2011年7月に日本でも承認を受けることができました。

ゾリンザは、がん細胞に存在するヒストン脱アセチル化酵素(histone deacetylase:HDAC)の働きを抑制する作用を持ちます。HDACは、遺伝子の働きをコントロールする転写因子やヒストンというタンパク質を変化させる(これらのタンパク質のリジン残基からアセチル基を取り除く)役割を持ちます。この変化(ヒストンの脱アセチル化)は、遺伝子の周りに存在するクロマチン構造をガチガチにかためてしまうので、遺伝子の作用(遺伝子がコードしているタンパク質の合成)が起こりにくくなります。

HDACにより、作用が低下する遺伝子には、がん抑制遺伝子も含まれます。がん抑制遺伝子は、がん細胞のアポトーシス(細胞の自殺)を引き起こします。がん抑制遺伝子の働きが低下すると、がん細胞の増殖に有利な条件が起こります。

ゾリンザがターゲットとしているのは、がん抑制遺伝子の作用を低下させているHDACです。ゾリンザはHDACの働きを抑制するので、ゾリンザを服用するとがん抑制遺伝子の働きが増加します。すると、がん細胞の増殖が抑制され、治療効果が現われるというわけです。

ゾリンザは世界初のHDAC阻害薬であり、今後、ゾリンザを改良した様々なHDAC阻害薬の登場が期待されます。HDACはがん以外の病気においても、原因の一角を担う可能性が指摘されています。しかしHDACには多くの種類があり、正常な細胞機能に関与するHDACもあります。そのため、病気の細胞のHDACを選択的に阻害する化合物をつくることは、なかなか難しいのではないかとも思います。

[この記事を書いた人]

薬作り職人

国内企業の医薬事業の企画部門に所属。入社後、生物系研究員として、化合物探索、薬理評価、安全性評価に携わりました。企画部門転属後は、研究員時代の経験と専門知識を活かし、各種創薬プログラムの企画運営に携わっています。薬剤師免許保有。


ゾリンザ(ボリノスタット)の構造式