ノイロトロピンとは?ウサギから作る、成分がわからない痛み止めの不思議
最終更新:
ノイロトロピン(日本臓器製薬、主成分ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出液)は、帯状疱疹後神経痛、腰痛症、変形性関節症などの、長く続く痛みの治療に使われる薬です。主成分の名前にあるとおり、ウサギ(家兎)の皮膚を材料に作られる薬です。しかし、効き目のもとになる成分は、いまも特定されていません。
この記事では、成分がわからない薬を、どうやって同じ品質で作り続けているのか、なぜウサギからこの薬を作るのかについて、薬を作る側の目線で紹介します。
ノイロトロピンはどんな薬か
帯状疱疹後神経痛は、慢性痛のなかでも特に鎮痛薬が効きにくく、治療しにくい痛みです。帯状疱疹は、水ぼうそうと同じウイルス(水痘・帯状疱疹ウイルス)が原因となって起こります。子供のころ水ぼうそうになると、このウイルスは神経細胞の中で長期間隠れています(潜伏感染)。年齢を重ねたり、疲れやストレスなどで免疫の力が下がったりすると、これが引き金となってウイルスが再び活動し、皮膚に帯状の水ぶくれと強い痛みを起こします。ウイルスは抗ウイルス薬で増殖を止め数を減らすことができますが、ウイルスが少なくなっても痛みが残ることがあります。これを帯状疱疹後神経痛と呼んでいます。帯状疱疹後神経痛では、ウイルスが神経を傷つけ、痛みを感じやすくなっている状態と考えられており、ボルタレンなどの消炎鎮痛剤は効きにくいとされています。
ノイロトロピンは痛みを止める作用がありますが、ロキソニンなどの消炎鎮痛剤とは作用メカニズムが違います。ノイロトロピンは、「下行性疼痛抑制系賦活型」の痛み止め(オピオイドでもなく、COX を止めるタイプでもない)に分類されます。
中枢神経には、下行性疼痛抑制系という、痛みの信号を弱めるためのメカニズムがあります。ノイロトロピンは、この仕組みの働きを高めて、痛みを和らげると考えられています。
「痛むところに、痛みを止める成分もある」という発想
ノイロトロピンは、ウサギの皮膚にワクシニアウイルス(天然痘ワクチンとして使われていたウイルス)を接種して炎症を起こし、その皮膚の成分を取り出したもの(抽出液)です。痛みが起きている場所には、痛みを止める成分もあるのではないか、という考えから見つかりました。
ノイロトロピンは様々な化合物の混合物であり、鎮痛作用の原因である成分はいまだ特定されていません。しかし、痛みを感じやすい動物(疼痛モデル動物)を用いた実験により、鎮痛作用のメカニズムが解明されつつあります。
動物の脳にノイロトロピンを直接投与すると、全身投与に比べ、脳内に投与したほうが鎮痛作用がより強く現れました。そこで、ノイロトロピンは、脳の神経に働いて痛みの伝達を低下させると考えられました。
また、下行性疼痛抑制系に関与するノルアドレナリン、セロトニンという神経伝達物質の働きを抑制する薬剤(アドレナリンα2受容体拮抗薬、セロトニン受容体拮抗薬)は、ノイロトロピンの鎮痛作用を弱めました。
これらの実験結果から、ノイロトロピンの鎮痛効果は、アドレナリンα2受容体やセロトニン受容体の働きを高めて下行性疼痛抑制系の活動を活発にすることで起こる、と考えられています。
ノイロトロピンはいろいろな化合物の混合物なので、アドレナリンα2受容体やセロトニン受容体を活性化する能力を持つ複数の成分が存在すると考えられます。今のところ、この成分は見出されていませんが、純粋なかたちで取り出すことで、より強い鎮痛薬が開発できるかもしれません。
成分がわからない薬を、どうやって同じ品質で作るのか
ふつうの薬は、有効成分が1つの化学物質で、その重さ(mg)で量を決めます。成分がはっきりしていれば、純度を調べ、決まった重さを入れれば、毎回同じ効き目になります。
一方、ノイロトロピンのように、生き物から作る薬は、たくさんの成分が混ざっていて、どれが効いているかがわかりません。そこで、作るたびに(製造のまとまり〔ロット〕ごとに)、実際の効き目の強さ(力価)を測って確かめ、量をそろえます。ノイロトロピンの量が、重さではなく「4.0ノイロトロピン単位」のように単位で表されているのは、このためです。インタビューフォームによると、ノイロトロピンの量は、痛みに敏感になるようにしたマウス(SART ストレス負荷マウス)で痛みを和らげる力を測り、基準となる標準品(効き目の強さの基準として決めた見本)と比べて決めています。
この考え方は、ノイロトロピンだけのものではありません。ワクチンや、抗体の薬など、生き物から作る薬(生物学的製剤)に共通する、品質を保つための基本的な方法です。
ウサギから作る薬について
昔の薬には、動物の臓器や組織から取り出したものが多くありました。しかし、どのような分子が効き目のもとになっているのかがわかれば、有機合成や細胞を使った別の作り方に置き換えられる可能性があります。たとえば糖尿病の薬のインスリンは、かつてはブタやウシのすい臓から作られていました。しかし、インスリンのタンパク質としての構造がわかっているので、現代では、遺伝子組換えの技術を用いて培養細胞に作らせることが可能となっています。
ノイロトロピンの場合は、効き目のもとになる成分がまだ特定されていないため、今もウサギから作られています。この薬で痛みが和らぐ患者さんがいる一方で、動物の命を使っていることも事実です。作る側としては、成分や仕組みの解明を進め、動物から置き換えられるところは置き換えていく姿勢が大切だと考えます。
一つの成分か、成分のバランスか
その一方、ノイロトロピンは、含まれているさまざまな成分のバランスが取れているからこそ強い鎮痛効果を持つ、つまり、ひとつひとつの成分の効き目は弱いけれど、全部を一緒にすることで強い作用を示す、という可能性もあります。これは、漢方薬の作用メカニズムにつながる考え方です。
ノイロトロピンは、正体不明の不思議な薬ですが、その正体や作用メカニズムを探求することで、様々な生理学的・薬理学的な発見ができるかもしれません。薬理学をやっている人間にとっては、大変面白い薬です。
単一の成分にして作用を強くすることだけが正解ではなく、いくつもの成分がおだやかに、バランスよく働く良さもある。これは、時代を問わず、薬作り全般に当てはまる考え方だと思います。
注)ノイロトロピンでは、まれに肝機能障害や、ショック・アナフィラキシー(重いアレルギー反応)が起こることがあります。気になる症状があれば、医師や薬剤師に相談してください。
関連記事:アクテムラ(抗体の薬)
[この記事を書いた人]
薬作り職人
国内企業の医薬事業の企画部門に所属。入社後、生物系研究員として、化合物探索、薬理評価、安全性評価に携わりました。企画部門転属後は、研究員時代の経験と専門知識を活かし、各種創薬プログラムの企画運営に携わっています。薬剤師免許保有。