フロモックス(塩野義製薬、主成分塩酸セフカペンピボキシル)は、さまざまな細菌に対して抗菌作用を持つ抗菌剤で、細菌感染によって起こる病気の治療に用いられます。主成分のセフカペンは、ペニシリンGやサワシリン(アモキシシリン)と同じく、細菌を形作る細胞壁の合成を止めることで抗菌作用を示します。フロモックスは、ペニシリンGやアモキシシリンに比べ、広範囲の細菌に対して殺菌作用を示します。
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フロモックスの主成分であるセフカペンは、セフェム系抗生物質と呼ばれる種類の抗菌剤で、セファロスポリンという抗生物質の構造を変化させて合成された化合物です。
セフェム系抗生物質の標的タンパク質はペニシリンGのやアモキシシリンと同じくペニシリン結合タンパク質(細菌を形作る細胞壁の材料であるペプチドグリカンの合成に関わるタンパク質)です。セフカペンは、ペニシリン結合タンパク質の働きを低下させ、ペプチドグリカンの産生量を減らすことで、細菌が増殖するときに新しい細胞壁を作れなくさせます。その結果、細胞壁の強度が低下して細菌が破裂し殺菌作用が生じるのです。
セフェム系抗生物質の出発点であるセファロスポリンは、ペニシリンと同じく微生物が産生する天然物で、地中海に浮かぶ小島の排水溝の中にすむ微生物(Cephalosporium acremonium)から発見されました。セファロスポリンの構造を有機化学合成によって変化させた結果、セフカペンを始めとするバリエーションに富んださまざまな薬剤が生まれました。
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セフェム系抗生物質がさまざまな薬剤を生み出せる理由を、セファロスポリン、セフカペン、ペニシリンGの構造を比較することで考えてみましょう。
セフカペンの構造は、セファロスポリンはもちろんペニシリンGとも似ています。共通する構造は、真ん中にある正方形の部分。この化学構造はβラクタム構造と呼ばれ、セフカペン、セファロスポリン、ペニシリンGの殺菌作用のメカニズムに大きく関与します。
一方、セフカペン、セファロスポリンと、ペニシリンGとで異なる構造は、βラクタム構造のとなりにある環構造です。ペニシリンGは五角形、セフカペンとセファロスポリンでは六角形。この五角形と六角形の違いが、有機合成化学的に非常に大きな差なのです。
ペニシリンGやセファロスポリンよりも優れた化合物を合成するには、これらと化学構造が似た化合物を多数合成して、どの部分構造が優れた性質の原因かを探る、という方法が用いられます(構造活性相関を調べるといいます)。
この方法では、出発点となる化合物(ペニシリンGやセファロスポリン)の部分構造を入れ替えたり付け加えたりする必要があります。したがって、化合物の構造に、部分構造を変えられる場所が多ければ多いほど、多種類の化合物を合成する事が可能となり、良い化合物が得られる可能性が増えます。
ペニシリンGの五角形の部分構造には、部品を変えられる場所が1カ所あります(N(窒素原子)の1つ隣、S(硫黄原子)の2つ隣にあるC(炭素原子))。それ以外の場所で部品を入れ替えると、抗菌活性がなくなります。一方、セファロスポリンの六角形には、部分構造が入れ替えられる場所が2カ所あります(二重結合を作っている2個のC(炭素原子))。このため、セファロスポリンから化合物を合成する方が、多種類の化合物を作りやすく、セフカペンのような優れた化合物が見つけやすくなります。
新薬を開発するときには、まず出発点となるリード化合物を選びます(リードとは「導く」という意味の英単語Leadです)。セフカペンをはじめとするセフェム系抗生物質の場合は、セファロスポリンがリード化合物です。新薬開発では、リード化合物のよしあしが開発難易度を決めると言っても過言ではありません。優れたリード化合物であるセファロスポリンが、小さな微生物によって作り出されたことを考えると、自然は天才的な合成科学者なのだな、と思います。
[この記事を書いた人]
薬作り職人
国内企業の医薬事業の企画部門に所属。入社後、生物系研究員として、化合物探索、薬理評価、安全性評価に携わりました。企画部門転属後は、研究員時代の経験と専門知識を活かし、各種創薬プログラムの企画運営に携わっています。薬剤師免許保有。
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