デパス(田辺三菱製薬、吉富製薬、主成分エチゾラム)は、強い不安やうつ症状、神経症などの症状の改善効果を持つ薬剤で「精神安定剤」と呼ばれます。主成分のエチゾラムは、脳の神経細胞の活動を弱めるGABAA受容体というタンパク質の機能を高めて神経活動を低下させて、不安やうつ症状を改善します。
また、デパスは筋肉の緊張を調節する脳部位の抑制効果もあるので、緊張性頭痛(肩こりなどが原因で起こる頭痛)の治療にも用いられます。
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不安は、脳の中の扁桃体という部分が活性化して起こります。デパスは、扁桃体の神経活動を低下させる作用を持ちます。
扁桃体は、視覚や嗅覚、痛みなどの感覚を恐怖や不安などの記憶とを関連付け、体のさまざまな反応に結びつけます。ストレスや痛みなどの不快な刺激は、扁桃体を活性化して恐怖や不安などの感情変化を起こしたり、交感神経を活性化して体に防御反応(血圧上昇、緊張)を起こします。
うつ病や神経症では、扁桃体の活動が過剰になって不安や恐怖に常にさらされます。また、交感神経の防衛反応で、体に異常を感じる(身体症状)場合には心身症とも呼ばれます。デパスは、このような不安や恐怖、身体症状をやわらげる効果を持ちます。
デパスの主成分であるエチゾラムは、扁桃体のGABAA受容体の作用を高めます。GABAA受容体はGABA(γ-アミノ酪酸)という生体内物質で活性化し、神経活動をオフにするスイッチの役割を持ちます(GABAやベンゾジアゼピン系化合物の作用機序については、「ベンザリン(ニトラゼパム)とはどんな薬?」、「セルシン(ジアゼパム)とはどんな薬?」も参照)。
デパスを服用すると、GABAの効果が高まり扁桃体の活動が低下します。その結果、不安や恐怖が弱まり、交感神経活性化によるさまざまな身体症状が改善します。
また、GABAは筋肉収縮をコントロールする神経の活動も低下させるので、エチゾラムは過度に緊張した筋肉を緩める作用(筋弛緩作用)を示します。この筋弛緩作用を利用して、デパスは緊張性頭痛(肩こりなどの筋肉の緊張で起こる頭痛)の治療にも用いられます。
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デパスのような薬を見つけるには、不安や恐怖という「精神が不安定な状態」を動物で再現し、実験で有効性を確認しなければいけません。しかし、「精神が不安定な状態を動物で再現する」ことは、不可能です。正直、私たちには動物の考えや感情は分かりませんし、人間が持つ思考や感情が動物にあるのかも定かではありません。動物の心が分かる「ソロモンの指輪」とかがあればよいのですが、残念ながら今の科学ではそこまでの道具はありません。
デパスのような精神安定剤の開発では不安モデル動物を用い、さまざまな刺激(痛み、苦痛)やストレス(ヒトで言う対人関係ストレス)を与えて起こる行動変化を不安の指標とします。しかし、このモデル動物が本当に不安を感じているのか、私たちが知ることはできません。
今後、脳画像解析技術などを用い、ヒトや動物の脳機能をリアルタイムに解析・比較できるようになっても、ヒトの精神状態を動物で忠実に再現することはできないでしょう。それでも不安モデル動物を用いる理由は、ヒトに投与して効果(抗不安作用)を示す薬剤は、モデル動物の行動異常を改善させるという経験的に得られた事実があるからです(もちろん、デパスも動物で有効性を示します)。サイエンスとしてしっかり筋が通った論理はありません。
薬作りの技術は、年々進化しているように見えます。しかし、あくまで評価技術の進化であり、精神疾患の場合は病気を再現するレベルにはまだまだ達しそうにありません。精神疾患に対する薬剤開発では、ヒトでの作用を予測するために、古い方法論・経験則を用いなければならない状況がしばらくは続くと思います。
[この記事を書いた人]
薬作り職人
国内企業の医薬事業の企画部門に所属。入社後、生物系研究員として、化合物探索、薬理評価、安全性評価に携わりました。企画部門転属後は、研究員時代の経験と専門知識を活かし、各種創薬プログラムの企画運営に携わっています。薬剤師免許保有。
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