グリベック(メシル酸イマチニブ)とはどんな薬?

グリベック(ノバルティスファーマ、主成分メシル酸イマチニブ)は、フィラデルフィア染色体という染色体異常をもつ血液がん(慢性骨髄性白血病、フィラデルフィア染色体陽性急性リンパ性白血病)の治療に用いられる抗がん剤です。フィラデルフィア染色体の遺伝子情報から作られるBCR-ABLチロシンキナーゼという異常タンパク質は、白血球を異常に増殖させて白血病を発症させます。グリベックの主成分であるイマチニブは、BCR-ABLチロシンキナーゼの働きを止めることで白血病細胞の増殖を止め、抗がん作用を示します。

がんは、がん化した細胞が無秩序に増殖を続け、正常な組織に障害を与えたり衰弱させたりして、最終的には死に至る病気です。そこで、がん治療では細胞の増殖を止めることが目標となります。遺伝子に関する研究が進むと、ある種類のがんでは、特定の遺伝子異常が細胞増殖の異常を引き起こすことがわかってきました。グリベックは、このような遺伝子の異常に着目して開発された抗がん剤です。

グリベックが対象となるがんは、フィラデルフィア染色体という染色体異常を持つ血液がんです。染色体とは遺伝子情報を含むDNAの入れ物で、ヒトではどの細胞も23種類の染色体を持っています。フィラデルフィア染色体は、9番染色体の一部と22番染色体の一部が入れ替わって起こる染色体異常です。

フィラデルフィア染色体では、本来別々の染色体に記録される遺伝子が同じ染色体にあるので、2つの遺伝子(c-ablとbcr)がくっついた融合遺伝子ができます。融合遺伝子からは、異常タンパク質であるBCR-ABLチロシンキナーゼが産生されます。BCR-ABLチロシンキナーゼは、白血球増殖のスイッチを常にオンにする役割があり、無制限な細胞増殖を起こします。その結果、白血球のがん化が起こり白血病が発症するのです。

グリベックの主成分であるイマチニブは、BCR-ABLチロシンキナーゼの働きを止める作用を持っています。フィラデルフィア染色体を持つ細胞の細胞増殖のスイッチをオフして、白血病細胞の増殖を止めることで抗がん作用を示すのです。これは、グリベックは、フィラデルフィア染色体を持たない正常細胞・がん細胞の増殖には影響を与えないということでもあります。


多くのがんの場合、細胞増殖の異常が起こる原因は不明です。そのため、グリベックが登場する以前の抗がん剤では、正常細胞が持つ細胞増殖のメカニズムを妨害してがん細胞の増殖を止めていました。そのため、正常細胞の増殖が悪くなり、脱毛や下痢、血球数低下(骨髄抑制)などの重い副作用が必然的に生じていました。

そこで「正常細胞とがん細胞を区別できないために副作用が生じる、それならばがん細胞を区別できる薬を作ろう」というコンセプトで開発された最初の薬剤がグリベックでした。がん細胞だけに存在する特定の分子を標的とした薬剤は、正常細胞に影響を与えず抗がん作用を示すと考えられます、このような薬剤は「分子標的薬」と呼ばれます。

グリベックは、フィラデルフィア染色体を持つがん細胞のみに選択的に抗がん作用を示します。この作用メカニズムは副作用を減らすというメリットに加え、あらかじめフィラデルフィア染色体もしくはBcr-Ablの有無を調べておけば薬剤の有効性予測ができるということも意味します。「薬が効かない患者さんには投与しない」という方法が取れるのは、患者さんに無駄な治療を行わなくてすむことであり、薬を飲む側から見て大きなメリットです。

グリベック以降、BCR-ABLチロシンキナーゼ以外の標的分子を狙った分子標的薬が続々登場しました(例:ハーセプチン、イレッサ(ゲニフィチブ)リツキサン(リツキシマブ)ザーコリ(クリゾチニブ))。分子標的薬の標的分子の探索は現在も盛んに行われており、新しい分子標的薬はこれからも数多く登場すると期待されます。


グリベック(メシル酸イマチニブ)の構造式