リスミー(共和薬品工業、主成分塩酸リルマザホン)は、不眠症の治療に用いられる睡眠薬です。また、手術前夜や麻酔処置の前に投薬して、睡眠に入りやすくすることで、手術に対する不安を取り除くためにも使われます。リスミーはベンゾジアゼピン系とよばれる種類の睡眠薬で、主成分であるリルマザホンは、GABAA受容体というタンパク質の働きを強め、脳の神経活動を低下させて眠気を起こします。
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脳は、周りの環境変化に合わせて、神経活動を活性化させたり抑制させたりする機能を持っています。活性化と抑制のバランスが崩れると、さまざまな精神疾患が発症します。
神経活動の抑制には、GABA(γ-アミノ酪酸)という神経伝達物質が関与します。GABAは、神経細胞の表面にあるGABAA受容体というタンパク質に結合し活性化して、神経細胞の電気的な活動を抑制します(GABAやベンゾジアゼピン系化合物の作用メカニズムについては、「ベンザリン(ニトラゼパム)とはどんな薬?」、「セルシン(ジアゼパム)とはどんな薬?」も参照してください)。リスミーの主成分であるリルマザホンは、GABAA受容体に結合し、GABAの作用をさらに高める作用を持ちます。その結果、脳の神経活動が低下して眠気が生じます。
リスミーはベンゾジアゼピン系睡眠薬というカテゴリーに分類されます。一般に、ベンゾジアゼピン系化合物とは、ベンゾジセピン骨格とよばれる化学構造をもつ物質を指します。例えば、代表的なベンゾジアゼピン系薬剤であるセルシン(ジアゼパム)は、6角形の環と7角形の環が結合した構造を持ちます。この2つの環でできた構造がベンゾジアゼピン骨格です。
基本的にベンゾジアゼピン系化合物はベンゾジアゼピン構造を持っています。この構造に有機合成反応を用いていろいろな部分構造(官能基といいます)を付け加えることで、多彩な特徴をもつ化合物が生み出されます。
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ベンゾジアゼピン系薬剤に分類されるリルマザホンですが、化学構造式にはベンゾジアゼピン骨格が含まれていません。リルマザホンには、7角形の部分がなおいのです。それでは、なぜリスミーはベンゾジアゼピン系睡眠薬と分類されるのでしょうか?
実は、リルマザホンは体内に吸収される際、腸の中でベンゾジアゼピン骨格を持つ化合物に変化するのです。
リルマザホンの化学構造中の5角形には、CH2NHCONH2NH2という部分構造(エステル構造と呼びます)がくっついています。リスミーを服用すると、リルマザホンは腸から吸収されますが、腸の細胞にあるエステラーゼという酵素によってエステル構造が分解されます。この時、切れた部分が化合物中の他の環と結合して(これを縮環反応といいます)、7角形の環ができあがります。このように体内の化学反応によってできた化合物(代謝物と呼びます)はベンゾジアゼピン構造を持ち、GABAA受容体に結合する性質を持っています。
つまり、リスミーの睡眠作用は、リルマザホンではなくて、このベンゾジジピン構造を持つ代謝物なのです。この化合物を「リルマザホンの活性代謝物」と呼びます。活性代謝物とは、体内で変化(代謝)して薬理活性を持つようになった化合物、という意味です。そして、リルマザホンのように、体内で活性代謝物になって初めて作用を示す薬剤のことを、プロドラッグと呼んでいます。
一般に、プロドラッグは、消化管から吸収されにくい化合物を、体の中に効率的に吸収させるために使われます。例えば、リルマザホンのようにエステル構造を持つ化合物は消化管から吸収されやすくなります。また、生体にはエステル構造を壊すエステラーゼがたくさんあるので、活性代謝物も速やかに作れます。
リルマザホンの場合、研究過程の初期に見いだされた化合物は活性代謝物の構造を持つ化合物であったと思われます。しかしこの化合物は消化管から吸収されないことがわかり、飲み薬として開発するためにプロドラッグにすることを思いついた、というところでしょうか。
現在使われている薬剤にも、プロドラッグはたくさんあります。例としては、血圧降下剤であるブロブレス(カンデサルタン シレキセチル)、バルトレックス(塩酸バラシクロビル)、パナルジン(チクロピジン塩酸塩)等が挙げられます。今、あなたが飲んでる薬もプロドラッグかもしれませんね。
[この記事を書いた人]
薬作り職人
国内企業の医薬事業の企画部門に所属。入社後、生物系研究員として、化合物探索、薬理評価、安全性評価に携わりました。企画部門転属後は、研究員時代の経験と専門知識を活かし、各種創薬プログラムの企画運営に携わっています。薬剤師免許保有。
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